Postmodernism?

Postmodernism?

9.4 2017

8.4 2017

ドイツやフランス、イギリスの洋楽は、ますます斜陽産業化しようとしている。特に世界で30-300コピーしかされない先端音楽の作品はまるで1960年代の石炭産業のようで、芸術愛好家、好事家、マニアのための趣味の音楽へと衰退してしまったようだ。世間にはこうした音楽の批評、研究を行う玄人はだしの域に達する素人も多くなったように思うが、半可通の芸術知識をひけらかす人も多くなったのも否めない。このニッポンではもう、すべてが、終わったようだ・・・
さて、今週購入したのは、Faiticheからの「URSULA BOGNER / Winkel Pong (7 inch)」、「GESELLSCHAFT ZUR EMANZIPATION DES SAMPLES / Uguisubari (7 inch)」の2枚と、Art into lifeに注文したHarpokrates Edition からのMarcel Turkowsky & Elise Florenty "Kreisel.Dreidel" [LP] 、IIKKIからのDanny Clay "Stills" [LP] とAndrea Belfi "Alveare" [LP] の計5枚というありさま。
常に思っていることだけど、浅田彰から東浩紀、ニッポンの若手現代思想家に至るまで、彼らの聴いている過去の意味が判明したダサい音楽を見るたびに、このニッポンでの「ポストモダンとはなんだったのか」、ということである。そもそもどんな言説よりも、その思想家が遊戯的な引用と自由な折衷のなかで、どんな先端音楽を聴いているか、行動しているかで、そいつの多元的思考が本物か偽物かがわかると思っていた。ほんと、このニッポンでポストモダンとは、なんだったのか、である。

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